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となりのトトロ 作品論

はじめに

スタジオジブリ制作の長編アニメ『となりのトトロ』は日本において、数々の日本映画作品賞を受賞し、多くの人々に愛されている映画である。1988年に公開されたこの作品は1989年にテレビ放送されると繰り返し放送され、そのたび高視聴率をたたきだし、20年以上たったいまでも根強い人気を示している。
 『となりのトトロ』はなぜそれほど人気があるのか。根強い支持の理由は作中のどこにあるのか。作品の内容から探り、論じていく。

忘れてしまった何かを感じさせる

 『となりのトトロ』は田舎の少女たちが、森のオバケ“トトロ”と遭遇して不思議な出来事が起こるファンタジー作品である。ほかの宮崎駿監督作品『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』と比較すると、世界が荒廃し蟲が襲ってきたり、少女が空から降ってきたりすることもなく、上映時間の差もあるが、世界観、スケールが小さいと感じざるをえない。しかし『トトロ』がこの2作品に劣るということではない。狭い世界の小さな村の小さな少女たちが体験する不思議な物語『トトロ』見て伝わる感動は、『ナウシカ』や『ラピュタ』とまったく異なる種類のものであると考えられるのだ。
2005年、日本映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が大ヒットした。最新映画表現技術のひとつCGを、『STAR WARS』のアクション、『ロード・オブ・ザ・リング』のモンスター、『A.I』の近未来世界といったSF、ファンタジーを表現するのでなく、昔の姿、戦後の日本東京下町風景の演出に全力を注ぎ、秀逸な人情物語の脚本も合わさって人々の郷愁を誘った結果であった。21世紀を生きるわたしたちに忘れてしまった何かを感じさせることに成功したのである。
 これと同じことが『トトロ』には起きたのではないか。宮崎駿監督のことばに次のようなものがある


「忘れていたもの 気づかなかったもの なくしてしまったと思いこんでしまったもの でも、それは今もあるのだと信じて『となりのトトロ』を作りたいと思いました」*『となりのトトロ 絵コンテ全集〈3〉』著 宮崎駿 徳間書店

冒頭から緑の田園風景、オート三輪、井戸、蚊帳、オタマジャクシ、と、どれをとっても懐かしさを感じさせる情緒あふれるものばかりだ。なぜそれに懐かしさや感動を覚えるかは後述することにして、日本に昔はあって今はないものを感じさせてくれることの価値・重要性は、2005年愛・地球博で『サツキとメイの家』が展示され大人気となったことからも『トトロ』がそのパイオニアであり、愛される理由であると窺い知ることができる。

現実社会と比較 

となりのトトロの時代設定は明確されていなく昭和30年代ということになっている。作中に出てくる日記やカレンダーから推測すると1958年(昭和33年)と思われる。また宮崎駿監督いわく「テレビのなかった時代」とのことである。
 さて、前述したように宮崎駿監督はトトロで忘れていたもの…今もあるのだと信じて作ろうと思ったとのこと。テレビのなかった、昭和30年代の世界には私たちが忘れてしまった何があるのだろうか。
 1945年、日本は戦争に敗れるまで第一次産業、特に農業に身をおいて家族総出で働き生活を支えていた。1950年代、朝鮮特需による第二次、第三次産業の躍進により日本は敗戦による荒廃・混乱から立ち直り戦前の頃の経済水準まで復興し、更なる成長を遂げていった。この過程の中で、人々はさまざまな変化を強いられていった。それが良きにしろ悪きにしろ私たちの社会・生活・文化に今日まで続く影響を及ぼしのだ。宮崎駿監督が言う「忘れていたもの…」はこの変化のなかにあると考えられる。なぜなら、昭和30年代はこの変化に直撃し時代であるし、トトロの物語の時期と思われる時代に近い1955年〜1973年の高度経済成長期は、さまざまな学者(教育学者、経済学者、社会学者などなど)が変革の時期ととらえているからである。
 まず第一に生活について。草壁家が引っ越してくる村は私たちの目から見て田舎だが、トトロの時代でも田舎である。病気のお母さんの退院に備えてと、お父さんがトトロの住む塚森のクスノキが気に入ったからだ。そこでの生活は主人公のサツキやメイたちにはわくわくする体験の連続であったと考えられる(初めて家に着いたときのはしゃぎようから想像できる)。これは映画を見ている私たちにもいえることではないだろうか。井戸から得る水、洗濯板で洗う洗濯、薪で焚くお風呂、それらひとつひとつのシーンに情緒があり、スタジオジブリの温かみのある絵も効いて、見ている私たちに懐かしい、こうやって生活してたのか、という気持ちにさせてくれる。これらも「忘れていたもの…」のではないだろうか。
 1960年代に入ると、東京オリンピック、ベトナム戦争、70年の大阪万博開催による特需などで1968年には国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第二位になった。この経済成長は世界的に見ても稀であり、終戦直後から復興までの一連の経済成長は「東洋の奇跡」と呼ばれた。そしてこの時代、庶民の生活で重視された3種類の家電製品、テレビ・洗濯機・冷蔵庫の三種の神器が急速に普及したのである。これらの家電製品はもちろん今日の私たちにとっても欠かせないものとなっている。トトロの世界は50年代の設定ということで、もちろんこれらの家電製品はでてこない。これらのアイテムがでてこない、あるいはからだを動かし、手間のかかる古い習慣をというものは、私たちの人間のプリミティブな精神を刺激して感動を覚えるのではないだろうか。私たちがキャンプへ行き、すべて手作業の調理やテントを張ることに喜びや達成感を感じることと、トトロの世界の生活に懐かしさを感じることは同じことかもしれない。
 次に、家族の関わりについて。サツキとメイは母親が傍おらず、父親が多忙という家庭環境にも関わらず家族関係は非常に良好で、映画を見た人は思わずほほえましくなってしまったことだろう。今日、私たちの世界ではひきこもり、親子のコミュニケーション不足、家族間の殺人事件など、家庭内部の陰鬱なニュースが目立っている。草壁家は夢のような理想の家族だと考える人も多いかも知れない。しかし、『となりのトトロ』『ALWAYS』を懐かしいとか、あぁ昔はそうだったよな、と思えるということは、草壁家が夢のようではなく、実際に自分たちの周辺で見ることができたものであった筈である。ではなぜそうおもってしまうのか。50年代と2000年代の家庭環境では何が違うのだろうか。
 結論からいうと、前述したように、日本は1955〜73年の高度経済成長期の変革により家庭環境を含め、周辺の地域、労働環境も変化したためである。日本は戦前まで第一次産業に携わる労働者が多く、その主な仕事は体を動かし手作業で行うものであった。親はこどもが育つと、田の耕し方を教えて、こどもは親の背中を見ながら一緒になって働いた。トトロの世界ではカンタがまさにそれである。当時は親の背中を見てそだつという言葉通りの親と子の家族関係が体現されていたのである。しかし、高度経済成長を迎え、第一次産業は衰退、第二次、第三次産業が成長しはじめるとこれが崩れはじめてくる。親は家から離れた場所へ働きに出かけ、こどもは学校へ勉強をしにいき、親は会社の付き合いに時間を割き、こどもは自分たちのゲームに没頭しはじめていく。親の働く背中を見る機会は激減し、第一次産業(農業など)の仕事を通じて形成されていた親とこどもの社会関係は、専門知識、PC能力などが必要な仕事の世界では皆無となり親とこどもの世界は切り離されてしまった。さらに、都市においては経済繁栄、人口集中により街並みには高層ビル、高層マンションが立ち並び、トトロの世界でみられるような緑あふれる景色は見ることができなくなり、さらに外で遊ぼうにも、道路や駐車場ばかりでこどもたちの外の遊び場は無くなってしまったのである。こどもたちがゲームやインターネットに夢中になるのは極自然な流れだといえよう。親たちはこどもが夢中になるそれらに無関心なことが多く、そうして親子が共有する時間は減少していき両者の間に溝が生まれ始めたのである。最近の家庭内の悲惨な事件はここに原因の一端があると言える。トトロの世界はこうした時代ではなく、自分の家族と重ねあわせ、そこに懐かしさ、家族の理想を感じてしまうのではないだろうか。
 田舎の人はコミュニケーション上手な人が多い。トトロの草壁家のとなりのおばあちゃんをみればわかる。あのキャラクターは農業を営むおばあさんのイデアのような存在であり、トトロのおばあちゃんが嫌いという人はなかなかいないと思う。私たちがなくしてしまったと思っていたものは田舎にこそあるのかもしれない。私たちの心の中には自然とともに生きることに、喜びとあこがれがあり、それを体現しているトトロの草壁家、カンタたちの生活が、トトロが懐かしい、良い世界だと思える理由ではないだろうか。

その後のメイとサツキはトトロが見えるか 

物語の序盤、サツキが夜に薪を取りに行くと突風にあうシーンがある。物語後半から推測すると、おそらくネコバスが通過したかトトロが駒に乗って遊んでいたと推測できる。そうだとすると、なぜその時にサツキはネコバスあるいはトトロを見ることができなかったのだろうか。
 トトロの登場人物のセリフから推察すると、となりのおばあちゃんのまっくろくろすけについての解説で「こどものときには見えた」というものがある。これはトトロやネコバスにも共通する現象で、昔はまっくろくろすけを見ることができたと思われるとなりのおばあちゃんもネコバスを視認することができない描写がある。つまりトトロたちを見るためには「こどもであること」という条件がある。しかしこの条件だけでいえば上述のシーンの際サツキが見ることができるはずなので他の条件もあると考えられる。またメイがサツキの学校に行った際、他のこどもたちトトロの存在を知らないと思わせるシーンがあり(メイの絵が下手だからということもあるかもしれないが)、トトロをみることができたメイ、サツキは他のこどもたちより特別な条件を満たしていたと考えられる。ではそれはいったいなんだったのであろうか。私はつぎのように考える。

1、 まっくろくろすけとの遭遇
 まっくろくろすけ(ススワタリ)は、人のいない家にしか住み着かず、人が現れると引っ越すとされている。まっくろくろすけは草壁家から塚森へと引っ越し、その際どんぐりを落とす小、中トトロはメイに発見されるわけだが、このシーンからまっくろくろすけはトトロたちと共生していると考えられる。また終盤でも、トトロのねぐらへと続く道でまっくろくろすけを確認することができる。つまり、まっくろくろすけとの遭遇→彼らが引っ越す→後を追う→大トトロに会える、という流れのようである。ではまっくろくろすけが見えていたとなりのおばあちゃんはトトロに会えなかったのであろうか。私がみるかぎりとなりのおばあちゃんがトトロを見たことがあるような描写は見られなかった。まだほかに条件があるようだ。
2、 心に秘める悩み
 メイとサツキは明るく元気で幸せに暮らしているが、心の奥では大きな悩みがある。それはお母さんが病気だということだ。明るい笑顔の裏で母親がいない辛さを我慢していることは、母親が入院する病院から電報があり退院が延ばされたときにみせた大つぶの涙から想像できる。つまりふたりの少女は常に母親がいないという不安に悩まされている状態なのだ。
3、 突風がネコバスならば
 上述した突風のシーンの際、サツキはなにも見ることができなかった。もしあのシーンがネコバスの通過だったとしたら、すべて辻褄が合う。物語の最後のシーンでメイとサツキがネコバスに送ってもらった後、家の屋根の上に乗ったネコバスが消えるシーンがある。つまりネコバスが走っている際は、「こどもしか見えない」という条件に加えさらに姿を消す能力がある化け猫だと仮定することできる。さらに、突風の際木が曲がっている描写があり、ネコバスは木が避けてくれるという特殊能力があるのでこの仮説を支えてくれる。

以上のような条件があると私は考える。そして物語が終わった後、メイとサツキたちにトトロは見えなくなると考えられる。なぜなら、母親が戻り円満になった家庭において、メイたちは悩みなどないからである。その論拠にエンディングではメイとサツキたちの元気な姿が描かれトトロたちと一緒のシーンはでてこないということがある。

 『となりのトトロ』は『ナルニア国物語』のように年齢が限られたこどもたちが経験するファンタジーであり、日本の懐かしい風景と絶妙にマッチした、誰もが楽しめる物語である。その中で日本人だけでなく世界中の人が忘れてしまった何かを思い出させてくれる。『となりのトトロ』はこの先も時代を越えて愛され続ける作品だろう。



















参考文献
『スタジオジブリのひみつ』
風見隼人と東京アニメ研究会 2002 難波製本

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プロフィール

武蔵 裕次

Author:武蔵 裕次
《プロフィール》
■名前
武蔵 裕次 (むさし ゆうじ)
■年齢
21
■好きなもの
歴史 競馬 映画 ミュージカル 運動
■その他

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大学生のためのレポート

の参考になれば嬉しいです。

小田原最高♪

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